ダノフ大師の哲学

The  Master

ダノフ大師の教えは、現代の神智学などとともに、単に現代的な多神教として定義されることがありますが、実は高度な一神教でもあります。生物を超越し、かつ生物の中に内在する神は、不変で絶対的な存在であり、中心のモナド(単子)であり、また同時に、すべてのものに形と命を与えることで自分自身を現す、常に創造を続けるロゴス(論理)でもあります。神は全てのものの起源であり、絶対なる存在です。全ての魂をひとまとめに包括する、人間の精神の代表たるものです。神は、唯一無比の永遠の存在であり、普遍的な生命体であり、創造する愛、高度の意識体です。団結の意識体として現れることも可能です。

ダノフ大師は、万象万事の普遍的な大原則をつきつめると、すべての退化と進化にこそ、絶対的存在の最高かつ基本的な具現があるという考えに達しました。(この点はヨガ、神智論、また現代の神秘主義と通じています。)師の教えは、カルマと魂の生まれ変わりという思想と、抜本的なところで合意します。師にとって、カルマと魂の転生は信頼できる明白な人生の真実なのです。

大師の提唱する絶対的存在とは、3次元空間の、所謂「物質世界」で実現されるものではありません。絶対的存在とは、より高い精神、因果などの「領域」いわゆる次元で同時に出現するものです。心霊界の各次元で高度に発達した心霊能力は、極度に薄いため、下の次元にまで浸み渡り、統合的な存在となります。精神は一体化し、普遍的なひとつの生命となるのです。

ダノフ大師の提唱する高度精神世界の感情や思考は、現実世界に実際あるものと同じく、現実のものです。破壊もすれば生産もする生きる力です。この至高の創造力は、至高の宇宙、つまり神の意識であり、神の思想と神の愛です。この進化論において、さらに深遠へ進むほど、その人に内在する心霊能力はすぐれたものとなります。

大師の教えでは、自然とは外界での最高の具現化であり、最高の理であり愛なのです。精神体である神は、低意識界の者にその顔を見せません。そのような人達は、移り変わる物事の影や外見のみを見て、真の中核にあるもの、命、精神や理にかなう創造力といった、神が自らを顕在化して見せている事象の裏にあるものを見ようとはしません。これまで科学は、外形だけを研究してきました。しかしやっと近年、真実の創造力に対して興味を示し始めました。すべてのものは、自然のままの姿が最高位の思想の現れであり、深遠な内部の意味を持つものです。真の科学者は、単なる中身の研究から一歩先へ進む必要があります。より深遠な意義を見つけなければならないのです。

人間とは、統合的な存在が具現化したものだと大師は説いています。人間の内面においてこそ、統合的な存在の本質が明らかになります。地上の人類生命は何回も輪廻を繰り返し、低い存在意識の限界から解放され、さらに高い真実を理解するために、感覚や理解力が与えられます。人間は、動物的本能の拘束から、徐々に自分自身を解放していく必要があります。ただしそれは、単に本能を自壊するのではなく、より高い生命に捧げることによって開放していかなければなりません。至高の神の意識、至高の愛に対して、自分をさらけ出し、神の体系の中でより完全な一部になるために、自分をより高いものに創作していくのです。全ての人間は、次元の低い利己主義と有限意識から解放されなければなりません。そうして、聖なる存在とよりよく調和して生き始めることが可能になるのです。この聖なる存在の中で、自分を100パーセントさらけ出していくと、理にかなった自然、すなわち神との調和部分が拡大していきます。

ダノフ大師の教えには、霊魂と真のキリスト教によるところが大きく、人々に純粋な形でその真髄をよく知ってもらいたいという思いが詰まっています。生けるものの助けを借りて、世界に出現していく強く新しい力、一生のうちに起こる偉大で素晴らしいこと、そのすべてを通して、常に我々の魂の中で、イエス・キリストがご自身を明らかにされる、と説明されています。

「もしも過去に神が人々に話されたとしたら、現在でも継続して話しかけているはずです。もしもそうでないなら、神は過去にも一切誰にも話したりしていなかったはず。最も重要な事は、神が我々に言いたいことは何か、そして今、何を話されているのかです。最も重要なのはあなたの天の父の『最後の言葉』なのです!」とダノフ大師は言っています。

 今、大師の言葉を通してその教えの精神の根本を発見しようとするなら、それは「神は愛なり。師の意思を遂行し、自らもまた愛にならなければならない。それは神と一体になることである」ということに他なりません。



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